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2009年10月31日 (土)

「終戦覚書」について

 岩波書店発行の雑誌「世界」創刊当時のものを探して、近くの図書館を訪ね歩いた。「世界」は終戦の翌年、昭和21年1月に創刊され、現在まで続いている。その年の3~5月号を探していたのだ。町田中央図書館には5号と12号だけあったが、目指すものは揃っていなかった。
 近傍の図書館まで蔵書検索をしていただいた結果、都立中央図書館(港区南麻布・有栖川宮記念公園内)、国会図書館(千代田区永田町)、それに近くの相模原中央図書館に「永久保存」されていることが分かった。国会図書館には1号から108号(昭和29年12月号)までがマイクロフィッシュで対応しているが、現物は見られないとのこと。
 昨日は横浜線淵野辺駅西口近くの相模原中央図書館を訪ね、調べものセンターのお世話になった。

 探していたのは、辰巳亥子夫氏の「終戦覚書」シリーズ、その中身は-
  その一 マリアナ敗戦余燼 (昭和21年3月号)
  その二 決戦か終戦か ( 同4月号)
  その三 悲しき終止符 (同5月号)
である。太平洋戦争の開戦前後・戦中における海軍と陸軍との確執や、戦争後半の東条内閣打倒運動から敗戦前夜における軍内部の動きなどを、海軍の要職にあった立場で回想している内容だ。
 ソ連への講和仲立ち要請の動き、ポツダム宣言の取扱とか、海軍内部にあってある立場での動きを、当事者として書いている。文中に「S」として出てくるのは筆者の辰巳氏であろうと想像される。
 辰巳亥子夫とは、終戦直前には海軍省教育局長をしながら米内海軍大臣、井上次官などから秘かに終戦工作を命じられたという高木惣吉海軍中将のペンネームである。Sとは惣吉の頭文字からとったのか。東久邇終戦内閣では副書記官長だった人物である。(この項、ウィキメディアを参考にしました)。

 実は「終戦覚書」の発見は、別の記事を探していての副産物である。昭和20年8月に原爆が広島に落とされた直後、トルーマン米大統領がそのことを発表したとの報道を同盟通信が傍受した。
 同盟通信の古野社長は記者を仁科芳雄博士のもとに使わし、その情報(同社戦時調査室が発行していた「敵性情報」と呼ばれていた)を知らせたという事実を、昨年共同通信社(同盟通信の後身)が記事として配信した。
 その記事を書いたO記者からの情報で、その事実を仁科博士が「世界」の第3号に発表していると知ったからだ。
 「世界」の3月号には仁科芳雄博士が「原子爆弾」との題で、前記のことから広島を調査して原子爆弾であることを確認、さらに原子爆弾の原理についても詳しく発表されていた。さらに次月の4月号には、「原子爆弾とアインスタイン」と題するY.N.との署名記事も載っていた。
 当時、広島と長崎に落とされたのは「特殊爆弾」としか、国民に知らされていなかった。それを「原子爆弾」だったと国民に公表されたのは何時だったか。翌年始めには、原爆についての詳細な解説記事までもが発表されていた事実を知った次第である。

2009年10月27日 (火)

大人の休日倶楽部パスの旅(1)

 JR系のジパングクラブの会員になったのは10年ほど前(65歳になった年)だが、JR東日本のサービスである「大人の休日倶楽部」に入ってからも5年ほど過ぎた。当初は「夏「とか「冬」とか季節を選んで年2回の企画だったのが、最近は年4回とサービスが向上した。この企画パスは3日間乗り放題で12,000円、特急(新幹線を含む)の指定席も6回まで利用できる。
 JR東日本管内だけでなく、北陸は福井までJR西日本管内、北海道は津軽海峡線利用で函館まで。第3セクターや私鉄の一部も利用できるというもの。
 利用記録を整理してみた。

【2005年】

宮城・山形の旅 12月 一人旅
 東北新幹線で仙台へ。東北線の利府支線を往復、利府では駅の先端空き地に置いてある交流電気機関車6台を発見、それぞれの形式の1号機ばかりだった。仙台へ戻り、かって勤めていた会社の仙台支社の後輩や旧友と会ったりして仙台泊まり。
 翌日は仙石線で東塩釜途中下車した後に石巻へ。石巻線に乗り継いで終点の女川を散策、折り返して小牛田へ。東北線で石越へ足を延ばし、くりはら田園鉄道を終点の細倉マインパーク前までの全線を往復(2007年4月1日で全線廃止)。東北線で仙台へ戻り前夜と同じホテルに泊まる。
 3日目は再び東北線で小牛田へ。陸羽東線で古川、鳴子に途中下車して新庄へ。新幹線車両による普通列車で山形へ。帰りは山形新幹線のグリーン車を利用、4千円増しでグリーン車が利用できた(現在はこの制度はない)。

【2006年】

秋田・青森の旅 2月 一人旅
 秋田新幹線から男鹿線で男鹿を往復、奥羽線で弘前へ。市内バスで弘前城を訪ね、岩木山の眺望を楽しむ。
 翌日は弘南鉄道弘南線で黒石へ(この私鉄はパスには含まれない)。路線バスで弘前へ戻り、奥羽線を乗り継いで青森へ。
 3日目は津軽線で蟹田に途中下車の後、終点の三厩を往復。降り続く雪原を走る。単線のローカル線で普通列車は少ないのに海峡線の特急や長い編成の貨物列車が頻繁に通過する。青森から東北線特急で盛岡へ。事故のため途中の八戸へで1時間以上も待機、盛岡からの新幹線は予定の列車に乗れず。臨時列車があったので駅寝せずに帰京できた。

道南の旅 12月 夫婦二人旅
 東北新幹線で八戸乗り換えで東北線・津軽線・海峡線と特急でとばし雪の降る函館へ。
 翌日は市電を駅前から谷地頭まで往復後、江差線で終点江差へ。帰りは木古内で海峡線に乗り換え、八戸へ。
 3日目は八戸城を散策して青い森鉄道で三戸に途中下車、IGRいわて銀河鉄道でいわて沼宮内、好摩と途中下車して盛岡へ。夕暮れ時の盛岡城跡、石割桜などと市内散策を楽しむ。東北新幹線始発で帰京。

=続く=

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