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2009年7月 6日 (月)

山形鉄道に乗って

 大人の休日倶楽部パスを利用して、山形・新潟方面を巡ってきた。主な目的は第3セクターの山形鉄道フラワー長井線(旧国鉄長井線)に乗ること、ついでにJR米沢線、越後線にも乗ってみたいと、妻と二人での旅である。

 山形新幹線を米沢で途中下車、米沢駅前郵便局でこの旅で最初の旅行貯金をする。奥羽線普通電車で赤湯へ。ここでも赤湯駅前簡易郵便局に立ち寄る。目的の山形鉄道で終点荒砥まで、長井のあやめ公園を車窓から眺めて一気に乗ってしまう。途中では沿線に数校ある高校生が代わる代わる乗り込み、昼過ぎだというのに高校生の通学電車だ。
2009_0630090009  白兎、蚕桑、鮎貝と、その土地の産業を連想しながら終点に着く。最上川の上流地帯を走るのだが、一面の田圃で、兎や蚕を連想しにくい。終点は西置賜郡白鷹町、荒砥郵便局に寄ったあと駅への帰路に八幡神社に詣でる。小高い山は城跡で、境内には町指定の記念物である八乙女種蒔まき桜の古木がある。

 荒砥と鮎貝の間で最上川に架かる鉄橋はドイツ製とかで、日本土木学会指定の記念物であるとか。今泉で下車、豊田郵便局へ。妻の旧姓は「豊田」なのでびっくり! ここは長井市内で、今泉という名の郵便局はない。今泉からはJR米坂線米沢経由で高畠へ。泊まりは駅に隣接する「フォルクローロ高畠」、駅舎は町営の温泉施設太陽館の中にある。
 その昔、この駅を中心に「高畠電鉄」が走っていた。廃線跡は遊歩道になっている。翌日は3キロほど離れた糠野目郵便局へ。新幹線が走る前までは、高畠は糠野目と称する無人駅だった。ここは東置賜郡高畠町である。

 米坂線に米沢から坂町まで全線を乗る。小国を過ぎると越後金丸、県境に峠など見あたらない。坂町郵便局へ寄ってから羽越線で新発田へ。西口の新発田諏訪町郵便局から駅への途中で公園に静態保存のD51を見ながら休憩。駅近くの地下道をくぐって東口の新発田豊町簡易郵便局まで足をのばす。小さな局舎内の天井には合格祈念の絵馬がびっしり、ちょっとした見物である。

2009_070109b0017  羽越線の列車は新発田から新潟間は白新線経由となる。本来の羽越線新発田=新津間はローカル線、それも電化区間なのに乗ったのは気動車、でも新製のキハ120系であった。新津では信越線各駅電車に乗り継いで長岡へ。改札前のロビーには良寛さんの像が建っている。長岡といえば、幕末は長岡藩の河井継之助、太平洋戦争では連合艦隊司令長官の山本五十六、戦後には政界のドン田中角栄と誰でも知っている人物の地元である。
 JR運営のホテルメッツ長岡に泊まる。翌朝は小雨の降る中ゆうちょ銀行長岡店へ。局前の道路には市が立っていた。駅への帰路に「長岡戦災記念館」にも立ち寄ったが、この日ひらかれる講演会は残念だが失礼した。

 信越線各駅電車で柏崎へ。柏崎郵便局に寄ってから越後線電車に乗る。原発の刈羽、ひとつおいて礼拝(らいはいと読む)と、降りてみたい駅を通過する。この電車は吉田から弥彦線に入って東三条行きである。吉田では妻を駅の待合室に残し、雨の中を吉田中町簡易郵便局と踏切を渡って駅東側の越後吉田郵便局へと走り回る。跨線橋を渡るのに息が切れた。老人は歳を考えないと!!
 吉田=新潟間は6両編成の電車が走る。時間帯が今日も高校生の下校時間であった。新潟市内に入ると大学生も混じってくる。新潟駅の新幹線口へ出てみたがまだ工事中、忠犬タマ公の像がある。こちら側には郵便局はない。西口へ回っても、前回来たときと様子が変わっていると妻の感想。都内のラッシュアワーを勘案して、適当な時間の新幹線予約席をとる。

=旅した日:2009年6月29日~7月1日の3日間=

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