金沢文庫を短訪
高校の同級会で三浦半島突端、城ヶ島のホテルへの旅行会が設定された。私も幹事団の一人ではある。
横浜線を横浜まで、乗り換えた京浜急行線は金沢文庫止まりの各駅停車だった。先頭車の一番前の席に座り、ワンハンドル制御(1600系)の運転を眺めながら前景を楽しむ。京浜急行線は東京近郊には珍しいトンネルが多い線区である。トンネルの間に駅がある感じ。
この列車の終点、金沢文庫駅の西口へ出る。バス乗り場を右手に回ると、大通りの一つ手前の道を少し入ったところに金沢文庫駅前郵便局がある。駅前広場に戻って、地下道をくぐり、国道に架かる歩道橋を渡ると、これも小さな金沢文庫郵便局あった。
国道を駅へと戻るため歩道を歩いていると、「金沢文庫へ700メートル」との表示が目にとまった。今日の集合時間までには余裕があるので、寄り道しようと角を曲がる。自動車は一方通行の狭い道を、片側だけに緑色の塗装があるところを歩きはじめる。途中で追い越しがてらに声をかけた男性も、行き先は同じだという。
ホテルでの会合だというのでジャケットを着てきたのが失敗、日は照っていないものの暑さと湿度の高いのには往生した。出会ったご婦人に聞くと、"あと2~3分で赤門が見えてくる”とか。さらに進むと、左へ曲がる角に、近道と案内が出ていた。そこからでも3分ほどは歩いたか。
入ったのは裏口だったのか。65歳以上は無料だと(7月1日からは1コインの100円になる)。受付でバスの時間を教えてくれたが、それまでに20分足らずの時間しかない。1階は仏像が多く展示されている。
案内によると、鎌倉時代の北条時実によって創建された、武家の書庫なのである。その後も代々の人々によって受け継がれて膨大な書籍を残したのだという。鎌倉幕府の執権を受け継ぐ、金沢北条氏の支流で、武蔵国六浦庄金沢に拠点をおいた一族なのだ。
現在は、神奈川県立金沢文庫となっている。
2階では、横浜開港150周年記念の企画展として、「中世の港湾都市六浦」の展示がなされていた。主に古文書ばかりで、急ぎ足で回るにはその説明文を読んでいる余裕がない。ただ、旧陸軍が撮影した六浦周辺の空中写真が気になった。現在の地形図を較べてみたかったのだ。
あとでゆっくりと読みたいので、今の企画展と、数年前に行われた企画展「最後の神奈川奉行・依田伊勢守盛克」の図録を求めた。2日間にわたって2冊を持ち歩いたのが、難行の始まりであったが。
正門をでると小さなトンネルを抜け、称名寺の庭園、山門を過ぎて赤門へとたどり着く。この寺も、時実が建立したという。寺の境内に、金沢文庫が建っているのだ。路線バスで駅へと戻る。久里浜行きの特快、さらに乗り継いで三崎口へと着く(久里浜からは一部を除いて単線区間だ)。ここで一同と落ち合おう段取りなのだが誰もきていない。全員がホテルからの送迎バスに間に合う時刻にぞろぞろと改札口を出てきた。参加者17名のクラス会となる。
=訪ねた時:2009年6月24日=


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