江戸東京たてもの園
梅雨の中休みだった7月1日、小金井公園にある江戸東京たてもの園を訪ねた。私が小学校に入学した1940(昭和15)年は皇紀2600年だとして宮城(現在は皇居と呼ぶ)前広場で祝典があった。そのときに会場となった建物が小金井公園に移転保存されている。自分史のまとめで、そのことを記す一つの証拠資料として実物を確かめに出かけたのだ。
小田急線の狛江から京王線調布、中央線武蔵小金井へと老人シルバーパス利用のバスを使った。まずはご当地訪問の記録として小金井郵便局にて貯金、通帳にはゆうちょ銀行小金井店と押されている。近くのバス停から関東バスで江戸東京たてもの園前まで乗る。
お目当ての建物(旧光華殿)は江戸東京たてもの園のビジターセンターとして、この建物がで入り口となっていた。入場料400円。開園15周年の特別展「日本の建物」の第2部として、「建物と夏」と題する展示があった。懐かしいさを抱きながら、江戸時代から昭和を迎えるころまでの建物の模型が展示されていた。うちわを組み込んだ手回し扇風機が面白かった。
写真:「だるまさん」こと、高橋是清が暗殺された2階の寝室。床柱には刀傷がのこっているとの説明あり。
終戦直後には学習院の小・中学部がこの地にあって皇太子(現天皇)も学んでいたとか。ボランティア説明員の話では相当なわんぱく少年だったらしい。自分と同じ年なので、想像はつく。しばらくは説明員について歩いていたが、途中から”お先へ”とマイペースで園内を散策。2・26事件で陸軍の青年将校に暗殺された高橋是清邸では1階が軽食堂になっていて、田舎そばで軽くお昼とする。
異色なのは都電7500形がおいてある。渋谷からの6系統を走っていたものとの説明。万世橋交番とか赤い1号丸型郵便差出箱、下谷消防署の望楼上部などもある。広い園内には由緒ある建物がいくつも移転保存されているので、1日がかりで散策したら面白いだろう。
同公園の西口近くには、蒸気機関車C57や客車が展示されているが、いつもは公開されていない様子である。
小金井公園西口からバスで武蔵小金井駅へ戻り、京王線調布、小田急線成城学園へと帰途もバス旅となった。歳のせいか、これだけの散策でも若干の疲れを感ずるようになった現実が寂しい。


国分寺に住んでいたときにはときどき小金井公園に行きましたが、そういう由緒ある建物があるとは知りませんでした。
投稿: jh1qkg | 2008年7月 3日 (木) 15時30分