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2007年4月23日 (月)

安曇野に上原良司記念碑を訪ねる

 信州は安曇野を車で散策した折りに、池田町立山岳美術館の敷地に上原良司の記念碑が建てられてあると聞いていたので、訪ねてみた。
 同美術館の駐車場に車を置いて、広い公園の中を探して歩き回る。公園内の一番奥の高い場所にあった。創造館の上、パターゴルフ場の一角にあった。下から見ると太い水道管みたいである。登り口に案内の木が立っていたが、片面にしか書いてないから反対側から近づいても分からない。

 上原良司とは。記念碑の脇に立つ略歴を紹介した碑から見てみよう。
  1922年9月、長野県北安曇郡池田町鵜山(旧七貴村)の医者の三男として生まれ、穂高有明に育つ。松本中学、慶應義塾大学経済学部に学ぶ。
  1943年12月、学生徴兵猶予停止により松本五十連隊に入営。
  1944年2月、特別操縦見習士官として熊谷陸軍飛行学校へ入校。
  1945年3月、特攻隊として要請を受ける。
  1945年5月、出撃前夜に報道班員に所感を託す。
  1945年5月11日、陸軍特別攻撃隊員として鹿児島県知覧基地を離陸、沖縄島西北方海域に突入。22歳。

 碑文には彼の所感が記されている

    きけ わだつみのこえ
 自由の勝利は 明白な事だと思います
 明日は自由主義者が 一人この世から 去って行きます
 唯願はくば愛する日本を 偉大ならしめられん事を
 国民の方々に お願ひするのみです
                       上原良司

P1010035  これらの碑は、平成18年9月27日、「生誕地に上原良司の碑をつくる会」が建立したと趣意が記されていました。記念碑が立つ高台から見下ろすすぐ下の集落が、彼の生誕地である池田町鵜山です。

 この日は珍しく晴天で、北アルプスの連山がくっきりと見渡すことが出来ました。真っ正面に有明山、燕、常念岳などが並んでいます。今年は降雪が少なかったが、それでも3,000メートル級の山頂は白く光っていました。それを背景に写真も撮りました。

(訪ねた日:2007年4月12日)

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コメント

私は以前テレビの放送で、上原良司さんのことを知りました。すごく切なく、とても感動しました。それから何年かたち、昨日本屋さんで「ホタル帰る」を見つけすぐに読みました。涙がとまりませんでした。次は母に父にと読んでもらうつもりでいます。私は34才と戦争を知らない世代ですが、時代とともに風化させてはいけないと思います。子供もつれていつか、鹿児島の知覧や上原さんの記念碑を訪れたいと思っております。


上原良司については、「いま特攻隊の死を考える」(岩波ブックレットNo.572も参考に読まれると良いと思います。 kazu

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